テストライド中、寒空にこだまする乾いた打球音を聞きながら思い出に浸る。
ボムッというバットの鈍い音とは対照に鋭く飛ぶボール。軟式野球をしていたころ、バッターボックスで使用する「裏装備」的存在だった「ビヨンドバット」。
そんなのもあったなぁ。と。
今回テストしたBRIDGESTONEのEXTENZA R1Xの乗り心地は、いつかのビヨンドバットを連想させた。
今回のテストはスタッフから勝手に持ち掛けられた話なのだが、正直乗り気ではなかった。
主な理由は2つ。
1つは過去の経験からBRIDGESTONEのロードタイヤに悪い印象を抱いていたから。
そしてもう1つが、私が理系であるということ。
「嫌だ」と言っているのにも関わらず、半ば強引に進められ今回のテストは行うことになった。
「ダメだと感じたらボロクソに言いますが、それでも良いんですか?正直、データは古いですが私の中でBRIDGESTONEのロードタイヤの評価はかなり低いですよ?」と念入りに確認をし、「いいから、いいから。」とのことだったため、渋々引き受けた形だ。
使用環境
バイク:No22 GRATE DIVIDE
ライダー重量:60kg
ホイール:ONYX×SMITH(リア)&BOYD(フロント)手組ホイール
テストタイヤ:GP5000 S TR 30c,GP5000 28c,AGILEST FAST 28c
チューブ:Panaracer R'air
ARIAは現在スマートトレーナーに固定されていることに加え、この時期はスピードライドをしないし防寒具を入れるストレージがあるバイクが優位なため、必然的に愛車でテストを行うことになった。
ホイールはなかなかクセの強いものが付いているが、このホイールとの付き合いは長い。インプレをするにあたってはまるで問題ない。
ONYX Racingのハブはラチェット音がしない。スプラグクラッチハブという独自の機構を採用し、どこでも引っ掛かる事実上のノッチ数∞のハブだ。実に面白い。
回転もスムーズだが、残念ながらGOKISOには敵わない。ONYXの空転を特上とすればGOKISOは極上だ。タイミングさえ違えば私も今頃GOKISOユーザーだったことだろう。残念ながらONYXを買った時にはスルーアクスルのGOKISOハブのリリース情報は無かったためONYXを買ったが、今オススメするのは間違いなくGOKISOだ。
SMITHのリムはCeraLightというリムだが、こちらはハイトやリム幅をオーダーすることができる。
軽量かつ高剛性。非常に優秀なリムだ。以前は前後とも同じSMITHのリムだったのだが、5月に落石を踏んでしまい前輪のリムはお陀仏してしまった。
そのためフロントは家に転がっていたテキトーな24Hのリムを組み付けている。
拘りを持って前後違うリムにしているわけではない。なんなら良いリムが転がってたら即変えたい。宝くじでも当たらないものかね...。買ってないけど。
そして肝心のテストタイヤだがここで理系なりの拘りがでてしまう。
テスト条件は揃えなければ
テストするからには出来る限り条件を揃えなければ。
今回最初に履いていたのはGP5000 S TR 30c。しかし今回手渡されたR1Xは28c クリンチャー。比較対象としてはよろしくない。
そこで別のスタッフから使用僅かのGP5000 28cを借り、AGILEST FAST 28cは自腹を切った。
こうなるから嫌だったんだ。あぁ出費がかさむ。
気温が大きく違えば路面への食いつきは変わる。ウェアが大きく変われば空気抵抗も変わる。走る頻度や運動強度が変われば身体パフォーマンスが変わる。
可能な限り条件は揃えた上でテストは行いたい。
ショートスパンでタイヤをとっかえひっかえしながら感触を確かめる、不本意なテストライドの幕開けだ。この間は基本的にバイクの装備は変えない。変えられない。
こうなるから嫌だったんだ。
カタログスペック比較
まずはカタログスペックから
重量
EXTENZA R1X:235g
GRANDPRIX 5000:240g
AGILEST FAST:250g
GRANDPRIX 5000 S TR (30C):300g
TPI
EXTENZA R1X:120
GRANDPRIX 5000:3/330
AGILEST FAST:---(記載なし)
GRANDPRIX 5000 S TR (30C):2/220
比較
重量は言わずもがなレスポンスに直結する。「(リム含め)ホイール外周部の重さがライダーのフィーリングに及ぼす影響は全体の2%程度だ」と発言する人もいるようだが、その2%は私にとって小さなものでは決してない。
人づてに聞いた話でしかないし、その人の意見を否定するつもりも毛頭ない。実際問題、走行抵抗の一番大きな要因は空気抵抗であり、空力の改善とホイール外周部の軽量化のどちらが重要かと言われれば圧倒的に前者だろう。試しに人気のない直線道路でDHバーでもつけて走ってみるといい。タイヤを変えるより圧倒的にスピードが出しやすくなるはずだ。
世の中、”カタログスペック”でしか話をしない人もいる。ロードバイクにおいて軽さは重要なファクターだが、絶対的な正解ではない。タイヤにおいてはグリップや路面抵抗なども重要な要素だ。
上記の発言がどんなシチュエーションで発せられた言葉なのかは分かりかねるが、この発言の意図は「最優先は重量ではない」ということをカタログスペックでしか話をしない人に気付かせるための方便ではないかと考えている。
ただ、冷静に考えて全体の2%は非常に大きい。
自転車なんてそんなものだ。フレームメーカーが、ベアリングメーカーが、チェーンメーカーが空力や駆動抵抗などを数ワット、カンマ数ワット削減し、その集大成が現代のロードバイクだ。一つ一つは全体の1%にも満たないであろう数値でも、それが積み重なって進化していく。塵も積もればなんとやらだ。
そんな世界での2%は十分すぎやしないだろうか?まあ、”全体”が何を指しているのかにもよるのだが、この話はここまでにしよう。
実際、以前のIRC試乗記では重量によるフィーリングの違いは顕著に感じたし、経験上無視できるようなものでもないのは確かだ。
TPIは一般的にタイヤの柔軟性に影響するとされている。
そもそもTPIってナニ?という人もいると思うので軽く説明。
TPIとはThread Per Inch(スレッドパーインチ)の略。1インチ当たりのケーシング(繊維)の数であり、この数値が高いほどしなやかなタイヤであるという目安になる。あくまでも目安だが。
ケーシングの配置にもよるし、フィーリングはそのほかにもゴム厚やタイヤそのものの材質、練り込まれているコンパウンドによっても変化する。ただしそれらは一概に比較できないため、TPIという指標が用いられているのだ。
GP5000はケーシングの表記が分かりづらいが、これはケーシング自体が層になっているためである。レイヤーごとに110TPI配置されていて、それが2層または3層になっているため上記のような表記になっている。分かりにくいようだがこの表記は実に親切な方だ。なぜなら、[TPIの数値は高く表記されているものの、それは2層に分かれていて実際にはそれほどきめ細かくない]なんてものもあるからだ。ややこしいことこの上ない。昔のタイヤがどうだったのかは知らないが、今のタイヤは本当に「使ってみないとわからない」。
パナレーサーはTPIを公表していない。電話で問い合わせてもみたが、「公表はできない」とのことだった。
公表できないというので切ってみた。左はAGILEST TLR 28c右はGP5000 25c。「なんやそこに秘密があるんか?」とお思いながら切ってみたものの、見た目は普通だった。ちぇっ...。
数値だけ見るとブリヂストンのR1Xはだいぶ軽量。TPIはフラッグシップロードタイヤとしては普通くらい。ちなみに今回試してはいないが、R1Xのチューブレスレディモデルは170TPI。より細密なケーシングとなっている。
GP5000もチューブレスレディはケーシングを2層構造にしているが、各々やり方は違えどチューブレスタイヤの取柄である”しなやかさ”を実現するために工夫しているのだろうと考えている。
逆にGP5000(クリンチャー)が「硬い」と評価されるのもコンパウンドの問題だけでなく、ケーシングが3層にも重なっているからなのではないだろうか。
R1Xインプレッション
GP5000 S TR 30CからR1X 28Cに交換。重量差は約30g。ほぼシーラントとチューブレスバルブの重量差だけ。
TPUチューブを使えばもう40gほど軽くすることもできるが、お気に入りのTPUチューブは取り寄せに少し時間がかかるためオーソドックスにR‘Airを使った。
装着
非常に簡単。最近チューブレスを運用する機会が多かったためか、難なく装着は完了した。
このタイヤには回転方向の指定も無い。
空気圧はフロント5.0Bar,リア5.1Bar。
装着の違和感
空気を入れて気になったのはタイヤ幅だ。
新ETRTO規格に対応したとのことで、リム内幅19㎜のホイールに装着時にタイヤ幅が28cになるように設計されている筈だ。
感じた違和感は「見るからに細くないか?」というところだった。
実際に測ってみたところ、リム内幅21㎜のホイールに装着しているにも関わらず実測タイヤ幅は27.4㎜。これには首を傾げるほか無かった。
一般的にはリム内幅が2mm広がるとタイヤ幅は1mm広がる。
それがどういうわけか、内幅19mmでタイヤ幅28mmになると思ったタイヤが内幅21mmでタイヤ幅は28mmより細い27.4mmなのだ。
28Cであって28mmではない
BRIDGESTONEに問い合わせたところ、この点は以下の回答が返ってきた。
「新型R1Xは実際に細いです。」最初に言われたのはコレだった。自覚があったことに非常に安堵した。
工業製品あるあるなのかは知らないが、この手の質問は「私は開発担当ではないので…」と言わんばかりにうやむやな回答をされることがある。
今回のBRIDGESTONE側の主張は以下のような内容だった。
「新型R1Xは実際に細いです。当社での計測方法は内幅19mmのリムにタイヤを装着し、一度最大空気圧まで入れます。その状態で24時間放置。その後再度最大空気圧まで充填してタイヤ幅を測定しています。」
なるほど。可能な限り太くなるような条件下での計測ということらしい。だがそれでもまだ28mmには程遠い気がする。そんな懐疑的な部分を払拭できずに話を聞いていた。
「選手で使っている人もいますが、内幅21mmのリムに付けても実測27.2mmでしたし。」
今の私と全く同じ状況だ。
「ETRTO規格も実は[28cはタイヤ幅が28mmにならなければいけない]というものではなく、[◯mm~◯mmまでであれば◯cと表記していい]というものなので、同じ"28c"でもこういったことが起こります。」
納得だ。どうりでタイヤの表記は28cであって28mmとは表記しないわけだ。
某社のタイヤは逆に28cでも実測幅は28mmより大きくなってクリアランスが云々...という話を耳にしたこともあったが、コレも実はそういうことだったのかもしれない。新たな知識を得られた。
とはいえ細くないですか?という心の声が喉元まで出かかったがそれは飲み込んだ。
走りは間違いなくフラッグシップ
上にも書いた通り、重量差は大きくない。片側30gほどの違いだ。にも関わらず、漕ぎ出しは非常に軽く感じた。速度の伸びも良い。
一番おもしろいと感じたのはタイヤの弾力。走り始めて数百メートル。脳裏をよぎったのはビヨンドバットやスーパーボールなどの反発係数の高い物質だった。
コルサのような”しなやかさ”とはまた別のベクトル。衝撃を吸収するのではなく反発するような感覚。かといって突き上げるような硬さは全く感じない。それどころか、加わった衝撃が一度タイヤに吸収された後跳ね返りのタイミングで加速するような感覚さえあったほどだ。
新感覚。
タイヤの弾力のおかげか、ロードノイズは非常に静か。ハブサウンドのしないONYXと合わせるとこの上なく静かだ。
グリップも非常にちょうど良い。
以前のFORMULAの記事でも記した通り、重要になるのは”感覚”。
このタイヤも非常に路面の感覚を捉えやすく、理想のラインを走ることが出来た。
ウェットコンディションにおいても安心して峠を走ることができる。昨年の年越しライドでは雨上がりの峠を深夜に走ることになったが、タイヤの心配は一切無かった。
摩耗も非常に少ない。こんなにもグリップが良いのに不思議なほど減らない。摩耗しにくさ27%UPは伊達じゃない。画像は1,000km以上走ったR1Xのリアタイヤ。センターのバリの跡がまだ残っているし、傷も無い。
不安になる柔らかさ
デメリットと言えるのかはわからないが、気になったのは石などの異物を踏んだ瞬間。
長らくGP5000を使っていたため、硬いタイヤの感覚に慣れてしまったのが要因だとは思うがR1Xには不安を感じる瞬間がある。
GP5000であればよほどタイヤのセンターで踏まなければ左右にパーンと弾かれていたものだが、R1Xは違う。異物を踏んだ瞬間にR1Xは包み込むように異物を通り越していく。
経験上この感覚は非常に高いパンクのリスクを孕んだ異物の乗り越え方をしたときのもの。不安に駆られる。
「恐っ」「でもパンクしていない」「いいのか」「こういうものか」「まあいいや」コレが一瞬で脳内を彷徨う。
GP5000,AGILEST FASTとの比較
さて本題。
今回はEXTENZAにフォーカスするため、他のタイヤに関しては多くを語るつもりはない。今回のテストでGP5000(クリンチャー)とAGILEST FASTにも乗ったが、もしそのインプレが気になる方はぜひ高橋宛にお問い合わせを。
フィーリングに関してはR1Xが最も優れていた。しっかりと地面を捉える感覚は路面状況の把握にも繋がり、グリップも兼ね備えている。
転がり抵抗はもはやどんぐりの背比べ状態だ。一応今回感じたものを順位化するとしたら1位は不動のGP5000、2位はAGILEST FAST、3位がR1Xといった印象。
GP5000は転がりが軽い代わりに乗り心地は硬く、グリップもやや希薄な印象。初心に還って先入観を捨て去って比較してみると以外にもデメリットが見えてきた。
AGILEST FASTの掲げる「最速解」は嘘じゃないと思えるほどにGP5000に肉薄するハイレベルな競争。
R1Xはやや劣る気はするもののタイヤ重量が軽いだけあり加速性が優れており、そのアドバンテージのほうが大きい。転がり抵抗として感じている失速のしやすさも、慣性の影響ではないかとも思っている。
耐久性は未だ検証の余地ありとはしているが、R1Xの摩耗のしにくさには驚いている。
AGILESTは全体的にタイヤがペラペラなので耐久性に関しては未だ疑念を抱いている。実際、AGILEST TLRは他社と比較して寿命はやや早くやってきたように感じた。費用対効果は良かったが。
GP5000の耐久性の良さは言うまでもない。
総合評価
5点満点中で表せば個人的な評価は「4.7」。
GP5000を「4.5」としている。
正直私もこれまでは「なんだかんだGP5000しか勝たん」と思い、半ば信仰心からの決めつけで選んでいたが、思い返せばGP5000も発表から4年もの年月が経っている。もちろんメーカー側はそれを徹底的に研究するだろう。そして当然ながらそれを上回る製品を打ち出そうと研究開発を進めたはずだ。上回る製品が出てきても何ら不思議ではない。
GP5000は未だに不動の人気を誇る。転がり抵抗だけの話なら、真っ直ぐ走るだけなら未だにGP5000はトップに君臨し続けていると感じた。
だが、トータルの性能の話となると今回一番好印象だったのは間違いなくR1Xだった。
これはお世辞でも忖度でもない。紛れもない本心だ。
速い、軟らかい、グリップよし、フィーリングよし。それでいてレーシングタイヤのベンチマークとされるGP5000より安い。
「みんな良いって言うよ」と言われ渡されたR1X。心理的リアクタンス。「良い」と言われると「ここがダメー」と突っ込みたくなるのだが、なんという優等生...。
少しは指摘を挟むつもりだったが、非の打ち所がない。テストライドをしながら困っていた。良いことしか書かない記事なんてものは忖度の塊と思われてしまうではないか。
タイヤ幅が細いのは気になったものの、それが性能に悪影響を及ぼしたかと聞かれると「・・・いいえ。」としか答えられない。異物を踏んだ時の不安になる柔らかさも、重箱の角をつつくような、取って付けたようなイチャモンだ。
耐久性に関しても現在1,500km以上使用して未だに一度もパンクもしていなければ、目立つダメージも無い。
時代は移りゆく。
R1XはGP5000を上回った。あくまでも個人の評価・感想の範疇だが、GP4000SⅡの時代から玉座に居座り続けたコンチネンタルを引きずり下ろしたのはそれまで話題にも挙げなかったBRIDGESTONEのR1Xだった。
AGILEST然りそれぞれに良さはあったが、コスト面も含めトータルの評価はR1Xの大勝利といった結果に終わった。
タイヤは好き嫌いのある部パーツだとは思うが、R1Xは誰もが一度は試す価値があると思う。自信を持ってオススメできるタイヤだった。
最後に
こんな記事に目を通していただきありがとうございました。今回も長文となってしまいましたが、長たらしく語るのが良いことだとは毛頭思っていません。
そのため3行にまとめます。
・速い軽いグリップよし耐久性よし価格よしの優等生
・ビヨンドバットみたいな独特の乗り心地
・GP5000愛好家にも一度使ってもらいたい
実は今回のテスト中、機材トラブルが発生。インプレ投稿が大幅に遅れてしまいました。ただし、そのおかげで実にいろいろなシチュエーションでR1Xを試すことができました。ウェットコンディションは勿論、霜が降りて凍結したシャリシャリの路面や、長い下りストレート+グルービング工法の縦溝が掘られたローディ泣かせのダウンヒル、ひび割れや砂利の多い道などなど。
それでもなお、このタイヤに不満を感じることはありませんでした。
前回のIRCタイヤ同様、本音を聞きたい場合は是非店頭まで。と言いたいところなのですが、これといった不満も何も無いので聞いても面白くはないと思います。
今回の記事ではGP5000とAGILEST FASTに関して多くは触れなかったため、その2つとの比較を聞きたい場合は是非店頭まで。
それから、「私はこう感じた」「ここは共感できる・できない」「こんな情報を記事に組み込んでほしい」など、皆さんのリアクションも是非Xなどで呟いていただけると非常にうれしいです。
それでは。