高性能なカーボンバイクも,いつかはその役割を終える時がやってきます.買い替え時期が来たり,物理的破損に遭遇することもあるかも知れません.その時,カーボンフレームはどこに行くのでしょう.
Why カーボン?
炭素繊維の特長は,何といっても強くて軽いこと.
比重(単位容積あたりの重量)
♠︎カーボン素材:1.8前後
♠︎鉄:7.8
♠︎アルミニウム:2.7
♠︎ガラス繊維:2.5
さらに,
♦︎強度および弾性率に優れる.
♦︎引張強度を比重で割った比強度が鉄の約10倍
♦︎引張弾性率を比重で割った比弾性率が鉄の約7倍
等の特長を備えています.これが,炭素繊維が従来の金属材料を置き換える軽量化材料として本命視されている理由です.その上に疲労しない,錆びない,化学的・熱的に安定といった様々な特性を有し,厳しい条件下でも特性が長期的に安定した信頼性の高い材料となっています.
カーボンシート構造(3Dイメージ)
地球温暖化対策の切り札
炭素繊維の環境への影響を,原料採掘から炭素繊維製品の使用,廃棄までを含めたライフサイクルで評価すると,自動車に炭素繊維を使用して車体構造を30%軽量化した場合は炭素繊維1トン当たり50トン,航空機で機体構造を20%軽量化した場合は1400トンの削減効果が10年間のライフサイクルで得られるという試算結果があるようです.日本の乗用車(軽自動車を除く保有台数4200万)や旅客機(保有機数430機)に炭素繊維が採用され,軽量化による燃費向上を図れば,その削減効果は2200万トンになるとのこと.これは、2006年の日本国内CO2総排出量(13億トン)の約1.5%に相当し,炭素繊維はCO2削減の「切り札」となる地球環境に貢献する先端材料であることがわかります.
問題は「価格」と「リサイクル」
炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が普及する上で一番ネックになるのが「価格」です.素材の観点から見た自動車の価格は¥1,000/kg.一方で,CFRPの市場価格は安くても¥3,000/kgほど.しかも実際の製造現場では,CFRPのシートから必要な部分をカットし,残りの4~5割が廃棄されるため,一層コストがかさみ,大量の廃棄物を処理する責任も生じています.そして製造時には膨大なエネルギーを消費し,現状では工程廃材や使用済み製品の大部分は埋め立て処理されているのが現状です.CFRPが使用されている航空機はまだ就航年数が短いので大部分が運用されていますが,近い将来退役する航空機が増加すると考えられており,使用済み航空機に含まれるCFRPの処理は今後の課題となっています.EUでは2030年までに全ての種類の埋め立て廃棄量を最大10%までに制限することを計画しており,原則として全ての資源を循環利用し,できないものは初めから使用すべきでないと考えられています.
カーボンバイクはどこへいく?
ここまで概観してきた通り,高性能カーボンバイクもまた,素材とエネルギー,地球環境保全の観点から見れば,淘汰される運命にあると考えるのが妥当でしょう.スポーツバイクを取り巻く現状の打開策は大きく分けてふたつです.
リサイクル処理技術
熱分解,加溶媒分解,物理的手法や電解酸化を用いた炭素繊維の回収等が開発段階にあります.技術詳細は割愛しますが,今後の動向を注視して参ります.
参考:
三菱ケミカル:https://newswitch.jp/p/23208
岐阜大学:https://www.gifu-u.ac.jp/about/publication/g_lec/special/201512_moritomi.html
代替素材:カーボンファイバーより強く安価な木材原料のナノ素材
例えば,木材パルプから製造される「ナノ結晶セルロース(NCC)」.この素材はカーボンファイバーと同等以上に軽く強いけれども,コストが1/10以下に抑えられるという利点を有しているようです.植物やバクテリアの細胞壁の中にあるセルロースは,グルコース分子の長い鎖でできています.植物は,これらの繊維をクモの巣状に張り巡らせて細胞を構造的に支えています.木材を細かく切り刻んでパルプにすると,すべてのセルロース繊維を結合しているリグニンが失われるため,水の中で浮かぶようになり,これを乾燥させると毛玉と同じくらいの強度になります.さらに細かく砕いてナノフィブリル(ナノ繊維状構造をもつ物質,ナノ小繊維)にすると水素結合が生じ,これに強酸を使用して余分なものを取り除けば,強固な材料であるNCCが分離されて残るというわけです.日本を始め,森林資源が豊富なカナダやフィンランドで盛んに研究開発が行われており,自動車製造には,既にセルロースナノファイバー配合強化樹脂が実用化されています.再生可能な資源を,有効活用する研究の更なる発展に期待します.
東京大学:https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201905np/index.html
環境省指針:https://www.env.go.jp/earth/earth/ondanka/cnf/guideline_main.pdf
おわりに
SDGsが目指す持続可能な社会では,高品質な製品を安価で製造するだけでは不十分であり,環境や社会倫理を加えた視点から工業製品は評価されるべきです.炭素繊維は優れた物性を有する素材で,これまで主に製造や運用における利点に焦点が当てられてきましたが,今後はリサイクルや廃棄を加えて一連の循環を通して環境負荷を最小化しなければなりません.YUSAもカーボンバイクに乗っておりますし,その性能と製造技術に敬意を払っておりますが,SDGsの観点から見れば,愛車の行く末も考えねばならぬと,バイクに跨るたびに思わざるを得ません.
技術変遷は大事だyo
ストイックYUSA
2021年11月20日